2011年5月、コーラス仲間のKさんに誘われるままに、わが家から歩いて7分ほどの「カーブス西荻窪北」というジムに通い始めた。そのときわたしは72歳。 Kさんは「やってみると案外面白いのよう、1回30分でチャチャッと終わるし、わたしたち、これからは体力勝負だよ、一緒にやろうよ」と紹介カードもくれた。 ま、それもそうだ、ふっと気持ちが動いて数日後、一応体操ができる格好をして、1人でお試し体験に行ってみた。 道路に面したガラスドアを開けると、2階から軽快な音楽と足音が降っている。階段を上がった先のジムには見たこともないような体操器具(マシンと呼ぶのだ)が 円形に並んでいて、10数人の女性たちが楽しそうに動き回っている。「いらっしゃーい!あ、お電話くださった髙橋陽子さん?」 インストラクターのおねえさんは、はきはきと明るく、スタイル満点だ。 Kさんにもらったカードを添えて見学を申し込む。その間も軽快な音楽は鳴り続け、女性たちはマシンを換えながら動いている。 「ほほう、ジムったって、わたしみたいなオバサンばっかりなんだ」なんだか肩の力がすっと抜けた。

 お試しどころか、その日のうちに入会を決めてしまったのは、まあ、理由はいろいろあったのだが、いちばん大きい動機は「自分への挑戦」だろうか。 まず、簡単な体力調べがあって、わたしは椅子に座った姿勢から片足で立ち上がれなかったのだ。片足ではどうにも力が入らない。 「あなた、できます?」と、おねえさんに聞いたら、彼女は笑いながら、片足でスーッとバレリーナみたいな身のこなしで立ち上がるではないか。あら、かっこいい! 壁のポスターにあったロコモチェックの、立ったままソックスを履く動作も、こそっと試してみたらできない。わたしは身長154cm、体重47kgで健康には自信があったから、 これはかなりショックである。ダイエット願望は全然ないけれど、わたしは片足立ち上がりと、靴下の片足履きを取り戻したくて、その場で入会してしまった。 帰って夫に言ったら「アンタも相当な意地っ張りだ」と笑っている。

 カーブス西荻窪には、筋肉を鍛えるマシンが12台ある。どれもかなり重い。うーんと力を入れないとスムースには動かない。 台ごとに鍛える筋肉が決まっていて、1台につき30秒動かすと、ボードというちょっと弾力のある板に移って30秒間、 勝手に足踏みしたり乗り降りして息を整える。それから次のマシンを30秒、またボードで30秒・・・12台を2回りして、 最後に決まったストレッチを5分くらいやると、ちょうど30分かかる。 その間ずっとアップテンポの曲が鳴っていて、30秒ごとに「次に移りましょう」「心拍数を調べましょう」などの英語のメッセージが流れる。 カーブスはもともとアメリカで始まったフィットネスクラブなので、マシンの名前も全部ヨコ文字だし雰囲気がなんとなくアメリカっぽい。 呼び合うのはお互いファーストネームで、わたしは「ヨウコさん」だ。満員の時は24人の女性たちがくるくると乗り降りして、見ているだけでも面白い。 ビギナーは5回目まではインストラクターがつきっきりで教えてくれる。 マシンを動かしていると、今どこの筋肉を鍛えているのかが自分でもよくわかる。学生時代の体育を思い出して気分も若返り、週に2、3回は行くようにした。

 梅雨の終わりのころ、子どもらの家族が集まった日があった。娘たちと台所にいたら、次女の智子が、「あれっお母さんの足、シシャモになってる!」と声を上げた。 わたしの脛にシシャモの腹みたいな筋肉が見えると言うのだ。言われて踵を上げ下げしてみると・・・おお、たしかに筋肉の塊が上下するではないか! 「へーえ、鍛えると歳とってもアスリートの足っぽくなるんだ」と、娘らには冷やかされたが、悪い気はしない。 そして、ふと気づけばわたしはめったに自転車に乗らなくなっていた。てくてく歩くのが全然面倒ではなくなったのだ、というより歩くのがまことに楽しい。 動機になったアノ二大決意も思い出して、椅子からの片足立ち上がりをやってみたら・・・あれまあ、どうってことないじゃありませんか。 立ったままソックスも履いてみた。いやだ、なんでこんな易しいことが、できなかったのだろう。 気づかぬうちにわたしは「自分への挑戦」をクリアしていたのだった。こうなるとますます面白くなる。齢70を超して趣味が増えるのはいいことだ。

 ところがカーブスへ通い始めて約1年後の翌年春、趣味どころではない事態が起きた。 夫が腰を痛めて入院、手術である。入院直前ごろは、ベッドから降りる時とか、夜中のトイレに付き添ったりなど、短期間ながら、 自分よりも10kg以上重い人間の介護の大変さがようくわかった。赤ん坊の世話とはわけが違う。 しっかりした両足で暮らすことが、トシヨリにとってどれほど大切で有難いことか、ほんとうに骨身に沁みた。ジム通いは趣味ではない。健康への投資なのだ。 幸い夫の腰は完治し、今は以前と変わらない日常が戻っているが、わたしは生きている限りは自分の足で歩きたい。家族のためにも、介護される側にはなりたくないものだ。  去年秋の、杉並区の検診ではもっと面白いことがあった。 血液検査の結果である。わたしの血液はこれまでずっと、成人女性の平均的な値だったが、赤血球と血色素の数値がそれぞれ10%くらい増えていたのだ。 筋肉が増えると血液が濃くなるのは当然で、体重はほぼ横ばいなのだから、つまり脂肪が減って筋肉が増えたということなのだろう。 1日1万歩以上歩いても疲れないのは、きっとそのためだ。エクササイズさまさまである。

 カーブスでは毎月1回「計測」があって「体力年齢」をはじき出してくれる。 わたしは75歳になった今もずっと実年齢のマイナス9歳を維持している。インストラクターのおねえさんたちは「陽子さんは優等生ね」と褒めてくれるから、 わたしは今日もごきげんよく出かけるという次第。

レッツ チャレンジ ハード!