最後の直線コースまでやってきた。後10m、5m・・・ゴールの向こうで夫がカメラを構えて待っている。「ここはドラマのように夫の胸に飛び込んで・・」と考えている間にゴール。Vサインでカメラに収まった後「おめでと」「ありがと」と小さく握手をして私のチャレンジは終わった。
 定年退職後も仕事は続けていたが、現役の頃に比べると自分の為に使える時間も増えた。年毎に丸みを増していく身体に危機感を覚え、何とかしなくてはと思いつつ、一歩を踏み出せないでいた。そんな時同僚に「姿勢が悪いよね。カーブスに行ってみたら」と誘われ体験参加してみた。多少の物足りなさも感じたが、家から近いことや、30分という気軽さに惹かれ決断した。幸い夫も夕食つくりなど協力してくれる。こうしてカーブス通いが始まった。「今日は疲れた。休もうかな」と思っていると夫に「行かんの?行きんさいや」と背中を押され、コーチに「今日も頑張って来られましたね」と笑顔で迎えられ、仕事終わりに、のカーブス通いが習慣になった。3か月が過ぎた頃から体重や腹囲に変化が現れ、ますますやる気になった。ついつい手を伸ばしていた間食も、「1日3個まで!」と決め、職場の皆にも公表し協力してもらった。おかげで6ケ月たった頃には約5kgの減量に成功した。
 その頃テレビニュースで「還暦の記念にフルマラソン走りました」というランナーの声を聞き、胸にズキュンと響くものがあった。「私にも出来るかな?」夫に相談すると「やってみれば!走るなら1歳でも若い方がいいよ。」という返事。早速参加するレースを決め、本格的な練習は5か月前から始めることにした。現役市民ランナーの夫がコーチを務めてくれる。また、マラソン経験のある同僚に相談すると「本気なら参考にして!」と本を貸してくれた。漠然と走ることしか考えていなかったが、本によると、走るためには、姿勢・筋力・柔軟性・栄養が重要等々。「まてよ!それはカーブスの筋トレ・ストレッチ・プロテインの事じゃない!」私はすでに半年前から準備をしていたのだった。
 6月から本格的に練習開始した。最初はわずか2kmでも走り切るのがやっとだったが、「最後まで歩かない」と決め、少しずつ距離を延ばしていった。真夏には道路脇の草からも熱気が吹き寄せ、暑さとの戦いだったが「夏を制する者はマラソンを制する」の言葉を頼りになんとか乗り切った。20km、30kmを走ることが出来るようになり、「完走できるかも」とかすかな自信を持てた9月末頃、右膝に痛みを覚えた。ネットで調べると俗にランナー膝と呼ばれる初心者に多い故障のようだった。今更引き下がることも出来ず、走る時にはサポーターを付け、時には痛み止めの力を借り、カーブスでは下半身強化のマシンにより熱心に取り組んだ。こうして練習を続け、10月に力試しのハーフマラソンに参加した。後半は膝の痛みもあったが、予想以上のタイムでゴール出来た。それから1か月、カーブスに行く度に「マラソンはいつ?」「すごいね!」「頑張ってね」と声援を受けながら、仕上げの練習に入った。そしていよいよ本番の日「30kmからが勝負!イーブンペースで走れ!」とアドバイスを受けスタート。夫は沿道でペースをチェックし、体調を気遣いながら応援してくれた。正念場の30kmを過ぎるとさすがに足や腰の筋肉に疲れを感じたが、意外と元気で35kmを過ぎてもペースがあまり落ちず、思わず夫に叫んだ。「今日は絶好調みたいー!」
 陸上経験のない私が、5か月の練習でフルマラソンを好タイム(4時間22分)で完走できたのは、何より夫の手厚いサポートがあったからである。1年前には、まさか自分がマラソンを走るとは夢にも思っていなかった。マラソンに必要な筋力、心肺能力、姿勢、柔軟性、栄養そして継続すること。多くの事がカーブスに共通するものがあり、この挑戦はカーブスの扉を開いたあの日から始まっていた。減量や筋肉などいつの間にか体つくりが出来、習慣にもなっていた。コーチや同僚の、私の頑張りを認め、応援してくれる声は心地よく、褒められて育つタイプの私を、ますますその気にさせてゴールへと導いてくれた。
あれから4か月、せっかく手に入れたこの体型を元に戻してはいけないと、今日もカーブスに通い、週3~4回のロードワークを続けている。