若い時から運動が大の苦手で、小学生の頃も雨が降れば運動会が流れると、てるてる坊主を逆さに吊した程でした。
  その私がカーブスとのお付き合いが始まって、やがて二年七ヶ月になります。仕事帰りに寄ったスーパーの店頭で誘われた時は、私自身こんなにも長く続けられるとは思いませんでした。たまたまその年の四月から働き始めた私は、もっと筋力がつけば仕事に役立つのではという軽い思いが、背中を押してくれたのかもしれません。
  一九三六年六月生まれの私は、もうすぐ八十一才になる看護師です。資格があっても日進月歩の医療の世界では、いくら私が頑張っても病院などでは、使いものにならないのが現実です。お話相手のボランティアとして訪れた先で、介護施設の看護師という役割を与えられ、私自身高齢者のひとりとして同じ思いを共有し、その思いを汲みとった関わりが出来たらと、日々苦闘していた時でした。高齢者の独り暮らしはもとより、老々介護の多い厳しい現実の真っ只中での日々は、私の小さな力ではどうにもならないという、背負いきれないストレスに押しつぶされるような毎日でした。
  そうした時私を救ってくれたのは、勤め帰りに寄るカーブスでの明るく元気なコーチの声でした。
  「惠津子さん こんにちは」
  カーブスでは、私はひとりの女性として迎えられ、すべてから解き放たれたその心地良さは、何ものにも代えがたいものでした。
  生来運動神経の鈍い私は、最初はこわごわマシーンを動かしていましたが、誉め上手なコーチの言葉に乗せられ、次第に楽しくなってきました。もともと他者と競うことの苦手な私には、自分のペースで運動できるカーブスのシステムが合っていたのかもしれません。
  私の所属するカーブス高崎富岡店が、丁度仕事帰りの道筋ということもあり、いつしか働いてカーブスで汗を流すことが、私の習慣となりました。
  「継続は力なり」とはまさに名言で、この度ワークアウトが六〇〇回を越えました。カーブスの筋トレは、長年私を苦しめていた肩こりを完全に退治し、身体だけでなく頭まで柔らかにしてくれました。
  くるまの免許更新時の講習で、前回より記憶力がアップしたことを知った時は、筋トレの力の大きさに驚くと共に、感激したものでした。その上、カーブスで若い友達に恵まれその方達との会話も、私に若さを与えてくれています。
  実家の両親に続き、六年前には夫の最期を看取って独りになってしまいました。しかし三人の息子達は、各々の地で頑張ってくれています。
  しっかり者の長男をかしらに、牧師・画家とそれぞれの選んだ道で生きている彼等にとって、独りになってからの私は何かと心配の種なのでしょう。時折顔を見せてくれますが、私が筋トレに通っていることや、少しとは云えまだ働いていることを高く評価してくれていることは、母親として嬉しいものです。先日も長男に、「その年齢で働いている母さんもすごいけど、働く場が与えられていることも素晴らしいね。」と云われました。
  今、私に与えられている自分の足で動ける幸せ。日々自立した生活を営んでいる幸せを少しでも長く維持できるよう、これからもカーブスとのお付き合いを大切に生きていきたいと考えています。
  年寄りだからと甘えず、自分を律してしなやかに、それが私の夢です。
  カーブスの筋トレが、必ずその夢を実現してくれると信じて-。