手術後20日間、集中治療室、手術したことも知らないで、何もわからない。くも膜下出血の手術をしましたが、1ヶ月は何も知らないで、寝ていました。
車椅子になると思うから、家の中の段差、長さを計って下さい。入院は6ヶ月。と先生から言われている主人。
私が寝ている状態に、回りがどんどん動いている。
頭が痛くなって横になったまま。
学校から帰った子供が見つけてくれました。なにもわからないまま次の日には手術をして1ヶ月、傷口の痛みも、何も知らず、思えば良かったのかもしれません。何もわからない状態で頭の手術も終わっていました。

 主人にありがとう、(あせっても、ダメだ)(ゆっくりゆっくり)(今は出来ないのは当たり前)(あせるなあせるな)と優しく何回も言われました。
お母さん、ありがとう。2ヶ月間も二人の食事の用意、何の伝達もしてないのに、ほんとうにありがとう。ほんとうに、心配をかけました。ありがとう。
マンションの方が、夕食の用意までして下さいました。ほんとうにありがとうございました。
 下の子が受験なので早く家に帰りたい、でも、帰っても普通に家のことが出来ない。言語、体力をつけなきゃ!

 友達にも、ありがとう。下の子の野球の仲間、マンションの友達が折ってくれた千羽鶴、沢山のお花、しゃべらない私に伝言板、帽子を作ってくれた友達、手紙もたくさん頂きました。
 毎日仕事帰りに寄ってくれた友達。退院した時に6人の方に(退院祝いです)と、お花を頂きました。手術後、歩くのも遅いのに、家まで来てくれて、そこから一緒に歩きました。お昼も一緒に食事をしてくれて、本当にありがとうございました。
大阪から何回も来てくれた兄、車椅子に乗った私を、夜、外に散歩に連れてってくれました。初めて吸う空気。涙がでました。
 退院したら、毎日私の好きな曲をひいてくれた弟、ほんとうに嬉しかったです。
回復力が思いも寄らず、順調に進み3ヶ月のころには少し歩けるようになっていました。勉強は退院することになって、(あいうえお)(計算)(物の名前が出てこない)何も出来ない自分に、この先どうなるのだろう、普通に皆さんが笑っているものなのに、一緒に笑えない、ほんとうに2倍3倍も他の人以上の勉強をしないとダメだと思いました。
 右足はひきずって、おはしももてないし。
 4ヶ月に、土日は帰っていいよ。と許可ももらいました。でも、テレビは見たくないし、話せない、声も出ない。言っている言葉が何も通じない、体が思うように動かない、おはしも思うようにもてない。お父さん、子供たちが楽しそうに話しているのに、なんの話をしているのかわからず、買い物に行っても、何を買えばいいのかわからない状態でした。

 右足がひきつって歩いていたのが、2年後にはほとんどわからない状態になっていました。
 カーブスに入った時は右腕が肩より上がらず、肩こりもひどいし、足は上がらないし、膝も痛いし、何をどこからどうなおせばいいのか教えてほしかった。カーブスに入った時は、やれるところが少なく、とにかく体力を取り戻したい。階段も普通に上りたい。退院後は、とにかく力が入らないし、布団が上げられない。普通の力がほしい。手術後にこういう所に、入っていいのかなあ。と、思いました。

 先生が大丈夫ですよ!少しずつ、無理なく頑張りましょう!と言う言葉を信じて始めました。最初は汗も出ず、おもきりやっても、力が入らず。
でも、やめようとは、いっさい、思いませんでした。先生が皆さん、優しいのです。今は、あんなにひどかった肩こりは一切無いし、入った時は、右肩がほんとうに上がらず、ちょっと回すとゴリゴリと変な音が出ましたが、今は回しても変な音も出ないし、おもいっきり回しています。
 毎日、散歩2~3時間くらい歩いていますが、最初は膝が痛がったり、足全体が痛がったりしましたが、今は大丈夫です。時々走ったりもします。
退院後、夜中のトイレがあたりまえだったのに、行かなくなりました。最近、寝る時も足がいつも暖かいです。これも、カーブスのお陰かなあと思っています。

一日1回は、運動できる場所がある。
一日1回は、話す場所がある。
先生たちが皆さん優しくて、とても気が休まる場所でもあります。

ほんとに、救急車の皆さん、10時間の長い手術も有難うございました。
お友達、学校の先生、言語の先生、カーブスの先生、家族、ほんとうに有難うございます。

これからも、健康な体作りを目指して、通おうと思います。
50代となると、体の不調や心配事も出てきますが、1日1回、運動すれば違うと思って、カーブスに通っています。これからも、どうぞ宜しくお願いいたします。