第2回カーブスエッセイ大賞 結果発表

作品詳細

「究極の幸せ」

菅原裕美子様(41歳) カーブス大津萱野浦
(カーブス歴:3年1か月)

 

 仕事と家事・子育て、ただ夢中で生きてきたこの十五年間の結婚生活の間には大病もし、二度の入院、手術も経験しました。楽しい事も辛い事もいっぱいあったけれど、人間結局は何が一番幸せか、と考えるとそれは健康、この一語に尽きると、私は思うのです。

 

 最初の試練は二十八歳の時、長女を出産して五ヶ月経つか経たないかの頃でした。真夜中に胃の辺りの激痛で目を覚まし、転げまわって苦しむ事、数回。何度も夜中に夫を起こし、救急病院の門を叩きました。胆石症で胆嚢を摘出しなければならないとわかった時は、まさに目の前が真っ暗になりました。
まだ乳飲み子だった娘の事が気がかりだったからです。悩んだ挙句、度重なる発作の不安から開放される為には手術しかないと観念し、実家の母に娘を託しました。初めての全身麻酔、まだ幼いわが子との離れ離れの生活、心臓病を患う母への負担も気がかりで、辛くて悲しい日々でした。一度だけ娘の顔を見せに妹が連れてきてくれた時は、病院の駐車場で娘も私も泣きながら別れました。
 その後、九年間勤めていた職場を退職、長男出産、再就職、家の引越しと、数々の人生の岐路がありました。ただただ夢中に走り抜けること数年、子供達も小学校に上がり、やっと少し自分の時間を楽しめるようになってきました。もともと運動が大の苦手で、小学生の頃は体育の時間になるとお腹が痛くなった程の私も、中年と言われる年代に差し掛かり、二度の妊娠でたるんで戻らなくなったお腹や、くびれがほとんど見当たらないわが身に焦りを感じ、何か運動をしなければ、と思ってはいました。かと言って、普通のジムに通う時間的余裕もなく半ば諦めていた時、これだ!と思うチラシを目にしたのです。
 カーブスとの出会いでした。こんな軽い運動でしかもわずか三十分、本当に引き締まるのか半信半疑ではありましたが、日ごろ、動かさない筋肉を動かす気持ち良さに病みつきになって行く自分に気づきました。なにより運動をしている、という自信に、気持ちも以前より前向きで元気になっている気がします。
スタッフの方に、運動をしてどんな自分になりたいか、と聞かれ、ピタピタのTシャツを着られるようになりたい、と恥ずかしながら話した事を今も覚えています。でも、授乳のせいで背中に付いた贅肉、これは絶対なくならないと、諦めていたのも本当です。劇的に変わられたメンバーの方の体験談を見るたび、どうして私は数値に反映されないのかと、がっかりしたこともあります。
 でも、一度決めた事は途中で投げ出さない頑張り屋な所は、子供の頃からの私の長所。自分で自分をなんとか励まし、週3回のワークアウトを続けました。

 気がつくと入会して一年が過ぎていました。
 そんなある日、気になる症状が続いていたので、病院に行くと、子宮筋腫がかなり大きくなっていて、それが原因で深刻な貧血状態が続いている事がわかりました。ここで、人生二度目の手術が決まりました。スタッフの方に相談し、復帰できるまでの一時退会の手続きをして頂きましたが、もう病気にならない、と
どこかで願をかける思いもあり頑張ってきたカーブスが、何の意味もなかったのでは?と捨て鉢になった時期もあります。
 家族の協力を得て、無事に手術を終え家に戻った時、弟の分も頑張って色々我慢してくれた娘の、泣き笑いのその顔を、まだ小学校低学年でいつもは無邪気な息子の、「ママ、死なへんよな?」と言った不安な顔を、「これからの人生の教訓として覚えておこう」と思いました。これから子供達が成人するまで、もう決して病気をしたくない、いや、病気にならない体をつくらなければいけない。
 子供にとって母親が病気で寝込むというのは本当に心細く悲しいものです。
思えば、私の母も体の弱い人でした。今も薬を手放せない生活ながら、なんとか健在ですが、私が子供の頃は高熱を出して寝込む事はしょっちゅうで、高校受験の時も大学受験の時も一番母親を必要とする時に頼れない、それどころか心配しなければいけなかった、そんな辛い思い出があります。
 だからこそ、私はもう二度と病気になるまい、ゼロから、いえ、マイナスからの出発のつもりで、もう一度カーブスに戻って元気な体を作ろう、そう思い、立ち上がったのが、つい昨日のことのようです。知らず知らずのうちにそれから、もう一年半以上の月日が流れました。
 

 不思議なもので、こんなに何度もマシーンに触れているのに、自分の気分や体調の違いで、負荷のかかり具合は変ってきます。なんだかシャキッとしない日はそれなりの効果しかなかったような感覚が体に残りますし、今日は気合を入れて頑張るぞ、と張り切っている日は、効いている!という手応えを感じます。自分では、結構完璧なフォームで動かしているつもりでも、たまにスタッフに矯正されてやってみると。「あ!きつい!でも、効いている!」なんて感じることもしばしばです。つまり、一見、単調に見えるワークアウトも実はとても奥が深いのです。そこが又魅力でもあり、私を惹きつけるのです。
 

 そんな私が最近一番嬉しく思っている事、それは、ほとんどなかったくびれが出現したこと。お洒落が大好きで、服装には気を遣う方ですが、このくびれがないと、何を着てもどうもぱっとしなかったのです。痩せたいのは山々ですが、まずは健康あってのこと、でもこのくびれは予期せぬ副産物と思い、夫や子供達の褒め言葉をありがたく受け取っている今日この頃です。努力の甲斐あって、絶対なくならないと思っていた背中の贅肉も完全にとはいきませんが、かなり減って来たように思います。今年の夏はピタピタのTシャツを着て娘と出かけよう、そんな楽しみも増えました。
 少し前までは、若い女性のきれいな体のラインを見ては溜息をついていた私が、今では、「二十代には勝てないけど、私もそう見劣りしないわ。」なんて思えるようになりました。(実際はまだまだ見劣りしてはいますが、ポジティブ・シンキングです。)その上、年に一・二度は必ず熱を出していたのが、カーブスを始めてから一度も高熱を出さなくなり新型インフルエンザもなんのその。
 

 人間の欲は底知れないものです。今日幸せなら、明日もっともっと幸せになりたい、一つ何かを手に入れたら、もっと違うものが欲しくなる。でも、死は平等に必ず誰にもやって来るものであり、そこから誰も逃れる事はできません。そして、誰一人その人生で手に入れたものを、身につけて死んで行く事は出来ない。それなら、生きている間に毎日清々しい気分で過ごし、病み患うことなく心身共に健康で、自分の足で好きな所に行き、好きな事をして、「あー、楽しい人生だった。皆ありがとう。幸せだったー!」
と心の底から満足して死んで行きたい、そんな生き方がしたいと私は思うのです。
 かくして私は今日も職場から、自宅とは反対方向のカーブスへの道を急ぐのです。究極の幸せを求めて。