カーブスで心も体も元気になって、笑顔を取り戻す事が出来た47歳の専業主婦です。私は、今年の秋に結婚20年を迎えます。この20年は、本当に波乱万丈の日々でした。
 

 好きな人と結婚出来たのに、幸せと一緒にいろんな不運が付きまとっていました。
結婚間際に、ガマ腫という舌下腺の病気になり、2度も手術し痛みと舌の麻痺に何カ月も苦しめられました。そして結婚式の1週間前に、母が交通事故で骨盤骨折の重傷を負ったのです。結婚式は、親戚と友人のおかげで何とか行う事が出来ましたが、それからの私は、主婦業と母の看病と、自分の病気の治療の毎日となりました。
 ガマ腫は手術しない程度で何度も再発し、治る兆しもなく、不安を抱えた日々を送りました。母は2カ月後には退院でき、近所の整形外科でリハビリを始め、何とか歩けるようになりました。そして私の病気は、2年経った頃、ようやく再発しなくなりました。でも再発の不安は未だ残ったままです・・・。
 それでも自分なりにやっと落ち着いて生活出来ると思ったら、今度は「子供はまだ?」「いつになったらこのお腹ふくれるの?」と周囲から顔を見る度に言われる始末。(そんな事、本人が一番分かってる。ほしくても出来ないんだから仕方がないじゃない!)と心の中で何度叫んだか分かりません。そんな言われ方に我慢出来ず、不妊治療に通い始めました。治療は思っていた以上に肉体的にも精神的にも辛く苦しいもので、1年以上頑張って通いましたが、とうとう子供を授かる事はありませんでした・・・。
もうダメだと落ち込んだ日々を送り、そして結婚10年目の冬・・・
 主人の転勤が決まりました。
 (環境が変われば子供が出来るかも・・・)と期待し、主人と共に広島を離れました。
でも、その転勤と同時に主人の母が胃癌でもう長くないという知らせが届いたのです。主人は毎週末、飛行機で遠いN県まで見舞いに戻りました。私まで行くと義母に病名が知られてしまう恐れがあると、私は会いに行けませんでした。そんなわけで、転勤先での生活は、平日は仕事が忙しい主人は毎日深夜にならないと帰宅せず、帰ると食事して寝るだけで、寝るのはいつも深夜の2時。朝はギリギリまで寝て、朝食をとると急いで出掛ける毎日で、週末は母に会いに実家へ・・・。いつも一人残された私は義母の為だからと我慢し続けたものの、一日誰とも話さない日があるほど孤独と、夫婦のすれ違いの生活にだんだん心が病み、義母ばかり思う主人に優しい気持ちが持てなくなっていき、(私は何?家政婦?)と結婚した事に後悔の気持ちを持ち始めたのです。
 

 そんな生活が半年経った頃、義母は亡くなりました。義母の安らかな顔を見て、もう一度頑張ろうと思いました。でもやはり孤独には耐えられませんでした。月に一度必ずと言って良いほど情緒不安定になって、些細な事で大ゲンカ。そして決まって同じところに痒みを感じ、血が出るくらいかきむしってしまう有り様でした。汗を流せば気持ちも変わるだろうとウォーキングを始めました。でも孤独な運動に空しさ感じ、頑張る気力が遠のき、長続きしませんでした。ストレスによるアレルギーの痒みに加え、不整脈まで起きるようになって心も体もおかしくなり、鬱になり掛けていた頃、ようやく転機が訪れました。
 妹が可愛い女の子を出産したのです。小学校の教師である妹の代わりにこの子の面倒を見るように、突然広島への異例の転勤が決まったのです。私は嬉しくてたまりませんでした。主人が仕事で帰れなくても一人で引越しの準備をしました。でもそれがいけなかったのです。もともと悪かった腰を痛めてしまったのです。
でも7年振りに広島に戻れた事は痛みを感じさせないほど嬉しくて、痛い腰で妹の子供を抱いても少しも苦痛ではありませんでした。やがて産休を終えて仕事に復帰した妹の代わりに、1歳になったばかりのその子の面倒をみる事になりました。
 我が子を抱けない私にとっては夢のような生活でした。主人も娘のように可愛がり、その子のおかげで私達夫婦の間に出来ていた溝も完全に修復出来たのです。でも、痛めた腰は子守と足の悪い母の2軒分の買い物をする毎日に腰痛を悪化させ、足のかかとにまで激痛が走るようになり、10分も歩けなくなるほどになってしまいました。痛み止めも効かなくなり、もう限界と整形外科へ行きました。診断結果は、椎間板ヘルニアの一歩手前と言われ、そしてもう一言、「腰の為にも痩せなさい」と言われました。
 転勤先での夜中遅くの食事とストレスで、気づかぬうちに体重が増えていたのです。更に腰痛のせいで運動とは疎遠となり、気がつけばひどい体型になっていたのです。腰痛を治したい思いより、この子が幼稚園に上がるまでに何とかしたいと思いました。園児のママの殆どが20代で、その中に混じって代理母をしなければならず、この子に恥ずかしい思いをさせてはならないと、本気で痩せようと一大決心をしました。
 

 2カ月間、毎日通院しました。でもまったく痛みは取れず、痩せる事も出来ませんでした。そんな私を友人が心配し、体に負担にならないフィットネスがあると教えてくれました。
 それが『カーブス』です。私は藁をもすがる思いで予約なしの飛び込みで訪ねました。突然にも関わらず、スタッフの方は優しい笑顔で応対してくれ、楽しそうな雰囲気に驚きました。そして説明を受けている時、スタイルの良い人が傍で計測をしていました。
 「○○さん、体脂肪○%マイナス!」とスタッフが言うと他のメンバーさん皆が手を叩いて喜んでいた姿に感動しました。今までエアロビクスには通った事はありますが、鏡に向かって曲に合わせて体を動かすだけで、痩せたって喜んでくれる人はいません。
でもここは、家族さえも気づいてくれないわずかな変動も、スタッフや皆が自分の事のように喜んでくれるのだと思うと、この楽しい輪の中に入りたいと、即入会しました。腰を治したい。痩せたいのは二の次になり、カーブスに通う事が楽しくて、通いました。
すると1カ月も通った頃には、あれだけ痛かったかかとの痛み、腰痛が嘘のように消えていたのです。それどころか、4キロも体重が落ちていたのです。
広島に戻ってからまったく生活は変わっていません。その子を朝から10時間も面倒を見て、その後自分の家の家事を行う毎日の中で、たった30分間決まった時間にカーブスに通うようになっただけなのに、心と体に大きな変化が起こったのです。忙しい毎日なのに、楽しいほど充実し、嬉しいほど体が変化していったのです。ここに通っている人は、皆私と同じように心や体に悩みを持っているのだと思うと、頑張ろうという気にさせてくれるのです。そしていつも決まって同じ時間に通う為、顔見知りが増え、他愛もないお喋りをしながらのワークアウトに、笑い声が絶えません。
ここで元気をもらい、良い笑顔のまま一日を頑張る事が出来るようになったのです。今では体重も10キロ以上減り、心も体すっかり健康になって、良い友達もでき、楽しい毎日を過ごせる事が出来ました。

 私がこの度、エッセイに応募したのは、私の成果が出たのはずっと励まし、心の支えとなってくれたスタッフと、カーブスで出来たステキな友のおかげと感謝し、書かせていただきました。

 私のように悩んでいる方、誰かの為に自分の為に、心も体も元気になりませんか。