「おはよう」「おやすみ」「いってきます」「ただいま」...等々。日々、繰り返される日常会話の中、私達親子の生活には、もう1つ交わされる大切な言葉がある。
「今日は?」
この言葉が持つ意味は、『今日、フィットネスジムに行くか否か』なのだ。
息子と私、お互い仕事に就いている。息子は不規則な3交代、私は日勤だけだが、土日祝日の関係ない仕事。帰宅時間や休日も各々フリーダムゆえ、お互いの予定を確認する会話は頻回に交わされる。
我が家では素晴らしい事に、筋トレが生活の一部として定着している。『食べる』『寝る』『筋トレ』で、健康な毎日を過ごせている、ほぼ健康な...毎日を過していた。が、昨年の夏、とうとうコロナの脅威にさらされる事態に陥ったのだ。私が。
仕事柄(2人共、医療、介護に携わる仕事)、感染しやすい環境ではあったものの、私は幾多の危機を乗り超えてきた。息子が感染し、自宅療養となった際も、免れてきた。なのに、奴(コロナ)は、するりと私の身体の中に入り込み、全身を侵食していった。
油断した自分を悔い、自戒しても治るもんじゃない。出現する症状と向き合えず、泣きながらうずくまっていた。病気は心を弱くする。どうでも良い事まで考え、落ち込んでいった。「こんなに休んだら筋肉落ちちゃう」「元に戻っちゃう」泣き泣き話す私に息子が「筋トレ1ケ月休んでも、筋肉は落ちないから!」と励ましてくれた。えっ、本当に?!とスマホで検索。あっ、本当だ(息子の話を信じろよ、母...)。筋肉って、すごいな。やっぱり『筋肉は裏切らない』んだな。落ち込んでいられない。きっちり治して、仕事に戻ろう!日常を取り戻そう。
一定の療養期間を経て復帰してからは、多少の体力の衰えはあったものの、変わりない日常を送ることができた。酷い後遺症に悩まされる事も無かった。
生身の人間ゆえ、病魔に冒される時もある。しかし、筋トレを始める前よりも、現在の方が不調は減っていると思う。うんうん、絶対そうだよね。コロナを経験し、前向きになりかけた私に、新たな試練が手ぐすねを引いていた。
それは、更年期という魔物だ。ゆらぎ期とも呼ばれるこの時期。存分に、ゆらぎまくっている。暑い、寒い、ほてる、浮腫んでる。生理周期はしっちゃかめっちゃかだ。体の不具合は我慢できた。更年期だから仕方ないなと思えた。ただ、精神状態が劣悪だった。
突然湧き出す苛立ち。止められないイライラに自分を抑える術がなく、苛立つ自分に苛立っている状況。日により変化はあるが、感情の起伏の激しさに辟易していた。
これといった解決策を見い出せないまま、婦人科で相談しようか、と思っていた。
モヤモヤ、イライラ、背負ったまま、仕事帰りにカーブスへ。ボードでもマシンでも、職場や日常の嫌な事を思い出し、集中出来ない。「あーもー!何も考えたくない!筋肉の事だけ考えるんだ!」と一念発起。ボードでは足踏み回数を数え、マシンでは早く大きく、と唱えた。あ、声に出さず、心でね。気合い込めすぎて変な声は出てるけどね。汗出ろー、心拍数上がれー。余計な事は考えず、体を動かせ!自分!
サーキット2周終わる頃には、心が晴れていた。体も心地良い疲労感。ああ、これだ。私が求めていた心の安寧、清々しさ。筋トレに救われたと実感した。
それまでは時間に余裕があったらカーブスに行く、という姿勢で通っていたが、現在は、1周できる時間があったらカーブス、に変化している。ギリギリの時間だと申し訳ないかな、と勝手に思っていたが、どんな時間に行ってもコーチ陣は笑顔で迎えてくれた。
「来れましたねー」「すごいですねー」「1周で良いんですか?」...オマエら神かよ。カーブスは筋トレのみならず、コーチの笑顔が癒しなのだな。ありがとうコーチ。
それとね、メンバーさんと交わす挨拶も、心の拠り所。職場の人間や身内じゃない他者との交流は、自分が世の中の一員だと確認できる事。存在を肯定してもらえてるのかなと思える。メンバーさんありがとう。
更年期は終わりが見えず、浮き沈みは激しいものの、少しずつ心を制御できるようになっている(と思う)。心身共に楽しく、日々を送れるように、頼むぜ、カーブス!これからもよろしくお願いします。
ところで息子、
「今日は?」、
「もちろん、お母さんは?」
「行くよー」
裏切らない筋肉を育て続けよう!