九十四歳の誕生日を迎えて、改めて思いおこす二十年も前、手にした、エッセイスト長岡輝子さんの、当時九十二歳にして執筆された本のタイトル、大好きな言葉!!
「老いてなお、こころ愉しく美しく」
こうありたいと願う私です。
カーブスが出来た頃から、興味があったものの、年齢的に駄目かなと思う気持があって尻ごみ、そんなある日友人の「私カーブスに行ってるの、これから行ってみない」の一言に誘われ見学に、......行ってみれば、はるかに私より若い人ばかり。一瞬とまどったものの、マシンが十二種類ありその力を借り体を動かす、これなら私でも出来るかな、チャレンジして見よう、コーチの方も「年齢は気にしなくていいですよ」と優しく一言、私の背中を押したのです。
それからすぐ入会しました。その後、コロナ禍で八十歳以上は休みの期間があったり、膝を痛めたりしながら、六年目に入りました。お店で最高齢の私、顔見知りもたくさん出来「お元気ですね」「カーブスのみなさん、憧れの人です」「私たちの目標です」と声がかかるようになりました。誰でも声をかけられると、嬉しくなりますよね。私はその言葉に励まされ、若い人達のパワーをいただきながら頑張ってきました。
ところがある夜、不覚にも突然家の中でバランスをくずし転倒、肋骨一本骨折、絶体安静にと言われ、一人暮しの私は入院することになり、限られた狭い病室で痛みに耐えながら、しばらくはポータブルトイレ、リクライニングベッド、と慣れない生活が始まりました。入院後五日目から理学療法士のアドバイスを受け、痛みの様子を調整しながらリハビリが始まり、歩行器にて廊下まで出て手すりにつかまり、スクワット、つま先立ち 歩行訓練等、そのうちに痛みも徐々に軽減し行動範囲も広がり、リハビリ室で様々なトレーニング、屋外に出で外気を吸いながら自力歩行、病室では自主トレ、カーブスで習得したストレッチ、こうして二週間余りの入院生活から解放されました。
体力、筋肉の衰えが少なく年齢的にも回復が早いと、ドクターがびっくりされ、「何かスポーツやってますか?」と問われました。私はすぐ「カーブスへ筋トレに行ってます」と答えました。「なるほど」とドクターは大きくうなずきました。この時私はカーブスのおかげだと確信することが出来たのです。退院時にも理学療法士の方から「カーブス始めてもいいですよ、自分でコントロールしながらやりなさい」と......筋トレとたんぱく質の大切さを実感し、私もやめたくない、続けたいという思いでいっぱいでした。嬉しかったですね。退院後一週間程でカーブスに復帰しました。カーブスのお店へ足を踏みいれると同時に、コーチが「美保子さん今日も元気に来れましたネ」と笑顔で迎えてくださると、不思議なことに、体が軽く動くんです。
こんな私を陰ながら支えてくださっている方に感謝し、無理しないで出来るだけ長く続けられるようにと、願っている今日この頃です。