私はうそはつきたくないし、書きたくない性分だ。
 考えてみれば何十年も前から運動の必要性はあるということはわかっていた。運動オンチで、体育という教科に劣等感をもっていたし、体を動かすのがおっくうな私はカーブスの看板をみる度にずいぶんと胸をこがしていたと思う。いきたいけれどもいく元気があるかどうか、体力は人並はずれてない。何ひとつ運動歴はない。かじりはじめたらやめるの連続だったから。
 一番の目的は接骨院に十年以上通っているのをやめたかったこと。これは自動車事故、自転車事故、追突されむち打ちになったことによる。車の事故は二十代後半、整形で鍼を打ってもらい、首は回るようになった。その時の後遺症で四十代で腰のヘルニアが出た。その後は整骨院、鍼灸院通いにあけくれた。五十代の更年期はひどい頭痛がしょっちゅう出た。脳外科で精密検査を受けると首のヘルニアがみつかる。頭痛薬ばかり飲んでいると頭が少し呆けはじめたように思う。記憶力もひどく低下し、少し力を入れてそうじとかするとヘルペスが出る。それでまた薬を飲むといった状態を繰り返していた。
 その間、健康体操とか、ヨガ、太極拳等にも行ったが、何やかやにとりまぎれて、どれもやめてしまっていた。何かしないとこれは一生接骨院通いになりそうだと考えていた頃やっとカーブスの門をたたいた。それが60才代になってからのこと。
 初めて体の変化らしいものに気付いたのは入会して二、三ヶ月たったある日、帰る時、くつがガボガボになっていたこと。へんだなあ、くつが大きくなったのか、それとも足が小さくなったのかな、何度かそんなことが続いて、ああこれはむくみがとれているのだと気がついた。汗はそんなにかいているように思わなかったけれど、足は正直にちゃんと小さくなってくれていた。次はエスカレーターに乗ってもじっとしていられなくなってホイホイと歩いて上がっていった。これじゃ階段を上がったらよさそうと思い、階段を上がった。思いのほか軽々と足が上がった。
 次は腰痛のことをコーチに話すと最後のストレッチの時にこんなのをすると楽になるよと教えられた動きを二つ三つ続けているうちにあんなに重かった腰が楽になっていた。長い間痛みに耐えていたのに、こんなことでこんなに楽になるなんて本当にうれしかった。頭痛と肩こりは何かした時にふと出るけれど以前のような苦痛はなくなった。湿布を貼っただけですっかり次の日はよくなったり、そんなにきつい薬も飲まずにすんでいる。
 この一月、父が亡くなり自分が喪主を務めすべてを取りしきらねばならなかった。慣れないこと、初めてのことに疲れきった。実家での三週間、老いた母を一人にもできず、一人で世話をしてきた。その間はやくカーブスに行きたいなあと思った。大雪の中だったので体は固くなり肩こり全開、頭はしなければいけないことで満帆。体を動かしたいなとつくづく思った。しかし頑張らなければならない時になんとか頑張れた。カーブスに通っていたおかげだと思う。だれにも頼れず、母に頼られて、一人でやり通せたのはなんとか体力を押せ押せでもつけられたおかげだと思う。人より弱い体力を少しでも維持することができたらと思いながら、また今通うことができる幸せを思っている。