私がカーブスに入会して6年が過ぎます。
 6年前の私は、腰痛・坐骨神経痛・高血圧・糖尿病、まるで病気のデパート状態。150cmに満たない身長で体重は標準をはるかにオーバー、ずんぐりむっくりで、痛みのために右足を引きずり、顔はしかめっ面、実年齢より老けて見えていたと思います。
 体験に行くという娘が見るに見かねて、「お母さん、一緒に行ってみようよ」と、カーブスの見学に連れて行ってくれました。が、帰りには娘と一緒にしっかり入会の手続きを済ませていました。
 見学をしている時、マシンを動かしている人、ステップボードで足踏みをしている人、みなさんのお顔は少し汗ばんで上気した明るい笑顔と笑い声、「そんなに楽しいのかしら・・・」と疑問に思いながらコーチにお話を伺い、マシンを動かさせていただきました。
 当時の私は全く運動をしていない訳ではなく、地域のシニア体操教室に通い、歩こう会などのサークル活動にも参加、体を動かす努力はしていました。しかし、痛みや肥満などを理由に歩くこと、体を動かすことすら億劫で、何かにつけ消極的になるばかりでした。
 見学をしてウォーキングやシニア体操は有酸素運動が主で、筋肉を強化するのは無酸素運動だと知りました。カーブスの運動は30分足らずの時間で、無酸素運動と有酸素運動を30秒でかわるがわるできるということが素晴らしいと思いました。
 入会した4月は孫娘が幼稚園に通っていたため、娘と孫の時間を調整しながら、私は娘に送迎してもらい、私たちのカーブス通いが始まりました。時には幼稚園から帰った孫と3人でお店に行き、駐車場の車の中で交代で孫を遊ばせながら運動する時も多々ありました。今ではそれらの時間も楽しい思い出のひとコマです。
  それから4年の月日が過ぎ、孫娘も小学3年生に。身長もぐーんと伸び、ダンス教室にも通うように成長しました。体幹を鍛えるためにも・・・と早速カーブスに入会しました。入会して2年、今春5年生に進級した孫の身長は私を超しました。入会した頃の私たちのことを知っているメンバーの方から「交代で車の中で遊んでいたのに、いつの間にか一緒にできるようになったんですね」と声を掛けていただくこともあります。
  そんな孫の成長とは裏腹に、私は残念なことの連続。4年前の夏、不注意から右大腿骨骨折で入院、2か月に及ぶ入院生活を余儀なくする羽目に。退院後、本来ならばリハビリに通院しなければならないところを、担当医に相談してカーブスでのリハビリを許可していただきました。体調も回復してきた2か月後、今度は腰部脊柱管狭窄症の手術を受けました。6時間に及ぶ手術が無事に終わり、翌々日から早速リハビリ開始です。筋力強化がメインのメニューは1時間半程度です。この時痛感したのは、カーブスを続けていたことで術後の経過がすこぶる良好で、日に日に足・腰の力の入り具合が良くなり、リハビリ療法の先生方も驚かれる程でした。腰痛、神経痛も今ではすっかり影を潜めて、何10年ぶりかで痛みのない快適生活を過ごしています。この時も3週間あまりの入院生活だったのですが、退院後のリハビリはやはりカーブスでやらせていただきました。この手術から1年後、2度目の腰の手術(抜釘術)を受けました。今回は2週間ばかりの入院で済み、退院することができました。
  退院の日、私は迎えに来てくれた娘と共にカーブスに直行して、軽くマシンを動かしてみて、コーチに「大丈夫です」とにっこり、コーチも「大丈夫ですね」と笑顔の返事。翌日からは以前と同じように、私・娘・孫と3人揃ってのカーブス通いに戻りました。
  私たちが通うお店では3代並んでの運動は、みなさんの目にとまっているようで、声を掛けて下さるメンバーさんも多くいらっしゃいます。また、同時期に入会した方々からは、「あなた、初めの頃に比べてとても元気になって、顔つきも明るくなりましたね」と言っていただきます。「人が変わったようになった」は、自身が最も感じていることなのです。
  6年間の成果は表面的なことばかりではなく、体内の変化も大きいのです。BMIの数値は下がり、筋力はアップ、体脂肪はマイナスに。体重も少し減り首まわりはスッキリに、体年齢も実年齢と同じになりました。
  私は心身ともにカーブスで変わりました。最近の行動はノルディックウォーキングで3500~4000歩のウォーキングができるようになりました。時には1本杖で30分位の距離であれば一人で散歩に出たり、リュックを背負っての買い物にも行くようになりました。こうして私はまた、自分の足で、歩くことがいかに素晴らしいかを実感しています。これからの目標はお友達と旅行に行けるようになりたいと思っています。
  77歳、どれぐらいの未来があるのかわかりませんが、これからもコーチの方々やまわりの人々に助けていただき、娘や孫に手を引かれ背中を押してもらいながら、前を向いて、元気印をモットーに、カーブス通いを続けたいと願っています。