カーブスエッセイ大賞2018結果発表

作品詳細

佳作

「カーブスはお守りです」

咲良様(47歳) カーブス上桂(カーブス歴:1年1ヵ月)

カーブスを始めたきっかけはとても軽いおためしでした。
入会時は4月で、7月の健康診断で少しでも体重が減っていればいいな。当時、建設業の事務をしていたのですが、周りは忙しくても登山、水泳、マラソン...。休みにはあちこち出かけてとても楽しそう。楽しみは食べることくらいの私とは大違い。『この差は何なの?』といつも思っていました。私以外は週1回以上、スポーツジムなどで運動習慣がありました。私は仕事から帰ったら、急いで夕食を作り、洗濯、娘の宿題を見たりで、気がつくと日付が変わって...。私には運動する時間がないから...。とあきらめていた毎日でした。ある日、何気なく広告を見ていたらカーブス(京都桂の)の広告が入っていました。4月はどのスポーツクラブも広告が入っていたりして、どこにしようか...と迷いそうですが、カーブスの決め手は女子(・・)しか(・・)いない(・・・)!でした。実はやきもちやき?!な主人を説得するには一番良いと思ったのでした。
最初は土曜日だけ行けたらいいかな...くらいに思っていたのですが、行ってるうちに、この日なら1周ならできそう...と考えるようになり、会社の制服のままカーブスに行き、1周して家に帰る。
12月~3月は仕事が忙しいのでほとんど行けない時もあり、娘の学校行事で平日休みをとった日のスキマ時間に行ったこともありました。
1周で帰ったり、たまにしか行かないのに、いつも笑顔でコーチに接して頂き、とても元気をいっぱい受けとって家事も仕事もがんばることができました。体重はあまり減らないのは、周りからやいのやいの言われましたが、カーブス辞めようとは1ミリも思いませんでした。逆に、『私の人生これでいいのか?』と毎日のように考え始めました。ある日、思い立ち、気がついたら仕事を辞めていました。よく考えたら娘が6ケ月の時に、生活のために始めたパートでしたが、娘も小学3年生に。
どんな仕事でも笑顔でいられることが一番!
と思わせていただいたのはカーブスでした。
9年パートしていたのをいきなり辞めて介護の世界へ飛んで行きました。仕事先が変わったりして上桂に移籍しました。カーブスという心強いお守りがあるので、周囲が心配していた腰痛離職の対策もバッチリ。求職中に心がブレていた時も、初めてのことばかりで2回りも年下の上司に注意されたり、新しい仕事先でタヌキ(・・・)という不名誉なニックネームをつけられたときも「カーブスがあるから大丈夫」といつも思ってます。最近は体もしまってきています。
誰よりも動ける介護士(介護福祉士※国家資格)をめざして、いつかはカーブスにいても腹筋をシックスパックにしてタヌキのニックネームも他の人にお譲りすることです。
私の夢をほとんどの人は鼻で笑いましたが、カーブスのコーチだけは「がんばって」と応援して下さりました。ありがとうございます。いつか笑って報告できればと思います。

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