カーブスエッセイ大賞2018結果発表

作品詳細

佳作

「私の体験」

志賀子様(77歳) カーブスイオンモール日根野(カーブス歴:5年2ヵ月)

去年の11月に孫の長女(大学4年生)の長女から夜の10時頃に電話が入りました。ママが倒れたと意識不明と連絡が入りました。私はびっくり致しまして動かさずに救急車を呼んでと申しました。あいにくお父さんは、単身赴任で、留守で弟(高校3年生)と2人で家におりました。すぐに救急車を呼んで病院に付けてもらいました。私はすぐに病院名を聞いてからタクシーでと思いあちこちと電話しても捕まらず思いつき、近所のお宅に行きまして車を出してと頼みました。事情を話しますとこころよくひき受けて下さいまして助かりました。丁度台風が近づきJRは運休でした。泉佐野南海駅に到着しました。そこからタクシーもいっぱい並んでいて、仕方なく南海電車が目的地迄近い所迄のり、又タクシーを待とうと思いました。そして堺駅迄来ると駅から外にでると長蛇の列です。びっくり致しました。そして40分待ってもだめでした。そこで前から3番目が女性の方でした。涙を流して、今娘が手術中で命が助かるかどうかわからないのでと頼みますと。そこのところに入れて下さいました。一緒に乗ってもいいと言われて、塗中迄行きました。偶然行く先が近くでした。私に神様がおりて下さったかと思いました。そして病院につくと玄関の前で手をふって待っていました。私ハグしてあげて有難とうと涙を流しました。

一寸待合室で待っていますと、先生がおみえになって挨拶しました。実父・実母・ですと遅くなりまして申し訳ないですと。もうすぐに説明が入りまして、娘はくも膜下出血です。今穴があいたところをコルクで埋めました。左の脳は壊死しています。そして右側の手、足は半身不随と言われて、涙がこぼれてとまりませんでした。49才の年令で可哀想で代われるならば代わってあげたい気持ちでした。その朝4時頃に娘の家に泊まりました。孫達は、私達が降りたタクシーで先に帰らせました。少し寒くてなかなか寝つけませんでした。そして朝6時頃になって長女に始めて知らせましたら、10時位に夫婦で来てくれました。スーパーでいろいろ買ってくれました。朝食を食べて、又、パジャマと下着やら、バスタオル、フェイスタオル、靴下やら、洗面器、歯ブラシ、他、いろいろと揃えて持って行きました。あと、病院に入院の手続やら大変でした。

娘のお父さんは、11月28日に大阪勤務となりこちらに帰って来る事が決まってやっと皆で暮らせると思っていたのに、こんな事がおきてしまい本当に大変でした。そして、病院に手続きも終って集中治療室のところに行き入りますと、いろいろな物にかこまれて、娘の口からは管が入り、手は点滴が、何本か腕に針が入ったままで、本当に又、私は苦しみました。娘の事を思うと悲しくなり、私の頭も神経が休まる事もなく夜は眠れませんでした。

2週間が過ぎた頃に私をみてママと言ってくれました。涙がこぼれて良く頑張ったなあと、褒めてあげました。本人は何も覚えてないのでぼちぼちと教えてあげました。そうしたら又次の日は昏睡状態に入りました。心配で、心配でたまりませんでした。病院の先生が、主人と私を小部屋に呼びまして、今迄の過程を説明下さりまして、遠い所こなくても大丈夫とここに菌を持って来たら脳に悪いし、少しお家でゆっくりして下さいと言われて、次からは、一寸家で待機していました。その時に、先生にどんな状態でも娘の事は、いろいろと手当も含み(最大の治療)を助けたいので今後も宜しくケアをお願い致しますといいきり、お願いもこめてお話しを致しました。

そして家に帰ると、2日目に私の頭が鈍痛になり、一日中痛みが取れずにもしかしたら私もかと思い、タクシーで日赤(和歌山)迄行きました。夜なので緊急の部屋に通され、すぐにC.Tに入りました。どこも悪くなくてやれやれでした。痛み止めと点滴を入れてもらいお薬を頂いて帰りました。次の日は、長女の夫婦が来てくれて車で日赤に行き、又痛み止めの点滴してもらいました。次の日は、心療内科の予約を入れて下さいましてみて頂きましたら、いろいろ神経を使って睡眠もとれてなかった為と言われて少し安心しました。お薬をもらって2回飲んだら治りました。今迄のがきいてきて、やれやれでした。

そして、又娘のところに行きましたら、口から管もとれて、話も少し出来るようになってました。内臓も良くて、流動食を半分起きあがり、すすってました。と言いますのには、右もスプーンで、持って食べていました。足も両方動いていました。一寸みてないうちにびっくりしました。あと2週間たてば「リハビリ」の為に紹介しますので病院に移って下さいと言われて行く事になりました。今迄の先生にご挨拶をしました。娘さんは、お薬もあったのですねと言って頂き、又、涙がこぼれました。嬉し涙に変わりました。主人も私も新しいリハビリの病院に行きますと、立派な病院で広くてびっくりしました。沢山の方が入院されていました。車椅子を貸して下さいましてベッドは、リクライン付でいつも人がおられて、トイレも食事もつれて行って下さいます。安心でした。そして言葉の練習もあって、パズルや脳に少しずつ刺激を与える事などを学び、一日のスケージュールはいっぱいでした。

私は、皆さまのお蔭で娘が生き帰りました。(先生を始め。)私がカーブスさんの店長・コーチの皆さまと友人など沢山に見守られていたからです。有難とうございました。その際も私自身、足・腰・腕の筋肉を沢山付いていた事と、身体の方も免疫力をつけていた事、寒い中の病院通いがうまくこなせたと思うと感謝の気持ちで一杯です。

まだ娘は、あと入院が2か月有ります。ベストを尽くしております。この頃一泊の家に帰れる許可がでました。勿論病院のベッドを借りてです。完全に歩けてなくてね。でも私は今心配する事からとおざかり、本当によかったと思います。
これからは、カーブスさんに行って今迄通り、元気な身体を、作り又明るく過ごせませるように、頑張ります。宜しくお願い申し上げます。

感動したら、シェアボタンを押してください