六十二歳の時、知人から紹介されてカーブスに入会した時は、筋肉の大切さを殆んど理解していませんでした。筋トレを始めてからは、雑誌やチラシでその大切さを知るようになりました。入会申込書を書いた文字は弱々しく、おまけに手の震えで判読が難しいほどでした。筆圧が弱くなったのは、老化のためで仕方のないことと思っていました。
 話しは遡って、五十三歳の時に弟夫婦に誘われて、甥の学ぶフランスに出発しました。ラジオのフランス語講座を十月から聞き、十二月末からの正月休みに初めてパリを訪れました。ボンジュール、とパスポートを見せる時に言っただけの旅行でした。旅行から帰ってからも、ラジオ講座は聞き続け、五十八歳に仏検三級を、五十九歳に準二級を取ることができました。二級も順調に行くかと思いきや、五十九歳、六十二歳、六十三歳、六十七歳と四回も失敗しました。
 二級の程度とは、「日常生活を営む上で必要なフランス語を理解し、一般的なフランス語を読み、書き、聞き、話すことができる」とされています。
 カーブスでは、自分がどうなりたいかということをよく質問されました。言葉で目標をはっきり表すことで、何となく心に描いていた思いを定着させていったと感じます。
 また、五十九歳の頃より、公民館の短歌会に入会しました。その頃の悩みを書き留めた「書痙とふ致し方なき字の震へこれも個性と思ふこととす」「字を書きて覚えたきこと多かりき痛む右手が妨げとなる」六十一歳には「願はくば拙き文字も震へずに書きたく思ふ仕事始めて」また、六十三歳には、「右腕の痛みのために眠れぬ夜ほどほどにする難しさ知る」ある程度以上書くと右腕下肢上腕がとても痛みました。
 私にとり、フランス語の勉強は書かなければ身に付かなく、新しい単語も発音しながら書かなければ覚えられません。仏検受験も六十三歳から六十七歳まで間があるのは、腕が痛く、勉強をあきらめざるを得なかったからです。そのような悩みにカーブスの店長さんから、腕の筋肉をつけるマシンを教えていただき、そこに重点を置き筋トレに励みました。筋トレを重ねるごとに、字を書いても疲れなくなり、勉強がはかどるようになり、毎日の生活が充実しているように感じました。
 そして六十七歳の春に受験した際には、合格ラインに二点及ばなかったものの、自分の弱点が良く分かり、その点を繰り返し書き留めました。そのかいあってか、六十八歳秋には、第一次試験に合格することができました。二次試験は五分間のフランス人との対話なのですが、普段フランス語を話すことは全くなく、途惑いました。受験対策書には、「聞かれそうな問いに対する答えを憶えて臨むこと」とあり、公文の先生に添削を頼みました。六十五歳から、公文の通信教育で、時々休みながらも、学んでいました。二次試験では覚えていないことも聞かれ、つい英語が口を吐いて出てしまい慌てて口を押さえる一幕もありましたが、五度目の挑戦で、今年二月下旬に仏検二級の合格証を受け取ることができました。
 十五年間を振り返って、カーブスでの筋トレがなかったら、この達成感を味わうことができなかったであろうと、しみじみ思います。