カーブスエッセイ大賞2018結果発表

作品詳細

佳作

「カーブスと私」

和子様(71歳) カーブス天童中央(カーブス歴:3年)

私は五十年も作文を書いた事がありません。それで上手に書けませんが、私がカーブスを続ける理由を知っていただきたく筆をとりました。カーブスとの出会いは友達にさそわれて見学に行った事です。その前にカーブスのコーチ(マネージャーさん)が何回も誘いに来てくださいました。でも私の仕事が9時から19時までなので絶対無理と行きませんでした。でも見学に行ってみたら知り合いの少し腰の曲がったおばあさんが一生懸命マシンを動かしているではありませんか、ああこの方も頑張っているんだと思い入会する事にしました。その時私は変形性膝関節症を患っていて体重は68kg身長は162cmでした健康診断では太りぎみでした。膝のためにも少し痩せなければと思い続けてみようと思いました。
入会したのは6月で半月位通った頃主人が具合悪くなり入院してしまいました。私はあまりカーブスに通えなくなりましたそんな時主人はステージ4の肺がんで余命二ケ月の宣告を受けました。私はカーブスに通える余裕などなくなってしまいました。9月に主人が亡くなりあまりの急な事で私はすっかり落ち込み体重も53kgまでになりウツ病の様になってしまいました。もちろんカーブスなど忘れてしまいました。6月に入会したばかりで主人の四九日法要(11月末)までカーブスに行かなかったので止めようと決めました。そんな時コーチから手紙とカーブスマガジンが送られて来たのです。優しいコーチからの手紙には待っていると書いてありました。体重が15kgも減ってしまい疲れやすくボロボロになってしまった私の体。このままでは駄目になると思い勇気を出してカーブスに行ってみました。
コーチは快く迎えて下さり半年ぶりのマシンなのでとまどっていると、隣のマシンの方が快く教えて下さり、私は少し安心しました。痩せ衰えてしまった体を少しでも元気にしたいと自分に言い聞かせ徐々にカーブスに通える様になりました。でも私は深い喪失感になり心の底から笑うことなど出来なくなっていました。そんな時カーブスに行くと少し元気になって帰って来る自分がいました。マシンを動かしている時は主人のことは忘れられるのです。 
そんな時カーブスマガジンVol.37に衛藤信之先生の『明日への金言』で大切な人を亡くしてしまったときが載っていました。まるで私のために書いて下さった様で何回も何回も読み元気をもらいました。私の思いそのものでした。立ち直るために頑張ることも教えていただきました。そしてつらい時、いつもそのページを読み元気つけられました。カーブスに通いはじめて約1年8ケ月位の頃子供達が山寺に登ると言って出かけました。私もついて行き登れる所まで登って休んでいようと行きました。そしたら子供達と一緒に奥の院まで登れたのです。石段が1015段です。すごいお母さん元気になったねカーブスに通っているからだねと子供達も驚いていました。変形性膝関節症の私が登れたんです。自分でも驚きました。カーブスに通ったつみ重ねが私の足に筋肉がついていたのです。それから歩く事にも自信がついて友達に誘われてもどこへでも行ける様になりました。悲しみで憔悴しきっていた私もカーブスに行くと元気をもらってきます。7時までの仕事を6時位で終りにし、時間をつくって行くようにしたのです。私は今71才で一人暮らしです。それで私がカーブスを続ける理由は絶対に寝たきりになれないことです。子供達に迷惑はかけられません。これからも時間をつくって通いたいと思います。コーチの皆さんよろしくお願いします。

感動したら、シェアボタンを押してください