カーブスエッセイ大賞2018結果発表

作品詳細

佳作

「こんな思いは二度としたくない!」

ヨシ子様(75歳) カーブスセリオ西神南(カーブス歴:6年3ヵ月)

 定年退職後、時間の使い方や体力作りについて、いろいろ考えていた頃に、そんな私の心を見通したように、駅近くの商店街の一角にカーブスが開店した。今程あちこちに店舗が増えていなかったので、何をする店かと通りすがりに何度か様子を伺っていたら、女性専用のジムだとのこと。ひと足先に市営のジムに通っていたが、「マッチョの男性と一緒で、なんだか嫌だな。」と思っていたところだったので、程なく、見学→体験→正式入会となった。激しすぎず、緩やかすぎず、「これはいいお店に出会ったぞ!!」と、ご縁に感謝しつつ4年間通い続けて、「体年齢30代後半」と成果も挙げて、順調な日々が続いていた。
 が、昨年1月体調を崩し、2月からはドクター・ストップ。『あ~あ。』と嘆きつつ養生に努め、やっと6月頃『ぼちぼち来月からでも復帰しようかな......。』と思うようになった頃、夫が不調を訴えはじめ、7月には末期の胆肝癌と判明、「余命2か月」と宣告された。
 夫が病院でウンウン唸っている時に、妻は爽やかルンルン♪カーブスで筋トレというわけにもいかず、止むなくお休みを延長した。
 この間、私の体は運動不足でたるみ続け、特に腹部は「ポッコリお腹」などという可愛いものではなく、「ブヨンブヨン、タルンタルンの妊娠六か月状態」になってしまった。
 体重は42kgベストが47kgまで増え、洋服はウエストが合わなくなり、ゴム入りでごまかし、ふんわり上着で隠すことになった。
「たった一年運動をやめると、こうまで!?」と、恐ろしさを初めて思い知った。
 夫は抗癌剤さえ試してもらえず、痛み止めだけで11月1日永眠した。こちらは「よくもまあ、ここまで......。」という程、75キロあった体重が32キロまで痩せ細った。
 人一人死ぬと、後がこんなにも大変なものだったのか......と痛感しながら、役所・年金・銀行・相続、その他さまざまなことに追いまくられ、やっと最近少し落ち着いてきたかな?という感じで、3月1日、意を決して、押し入れに突っ込んでいた専用バッグを引きずり出し、グッズを詰め込んで、復帰した。
 1年前のコーチ陣は人事異動で全員いなくなっていたが、顔なじみのコーチがカムバックしてくれていて、ほっとした。
 さて、こんな衝撃的な体験は二度としたくないので、体に気をつけて長く続けていきたいと思っているが、私がカーブスを続ける理由、それは究極「PPK」である。
 街を歩いても若い頃は高齢者の姿など視野に入らなかったが、自分が年をとると同年配の方にどうしても視線が向く。背筋を伸ばして颯爽と歩いておられる方もいれば、足を引き摺ってショッピングカートに身を預けて辛そうに歩いている方もある。車椅子に乗り押してもらっている方も......様々である。
 人間いつかは人生の幕を閉じなければならない。その日がいつになるかは分からないが、できることなら、最期まで「小綺麗」でいたい。取ってつけたような不似合いなおしゃれをするつもりはないが、老醜はさらしたくない。そして最後は「PPK=ピンピンコロリ」長患いして家族に迷惑をかけることがないように、尊厳ある死を遂げる...、これが私の唯一無二の願いであり、カーブスを続ける究極の目的である。
 が、思うようにいかないのが人生。どんな奇病が私を襲い、夢を挫折させるかもしれない。
 しかし、私は不死鳥のように蘇ることができそうに感じている。何故か。
 それは再入会した店舗に、かなりご高齢で脳血栓か何か患われたのか、手足に麻痺が残っておられるのに、小刻みに震える手足を励まして頑張られる方がいらっしゃるからだ。
 さらに中年の全盲に近そうな視力障害の方もコーチにリードされながら頑張っておられる。カーブスは元気な人だけを甘い言葉で歓誘するのではなく、ハンディを持った人も励まし受け入れてくれる。私にとって光明である。

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