私が長く続けていることといえば、「カーブス」があります。現在、ゴールドカード、間もなくプラチナカードになります。私がカーブスを続けている理由は、もちろん、健康のためですが、いつも支えてくれている夫の支援があるからこそ継続できています。夫という言葉を嫌い、いつも「お兄ちゃん」と呼んでいるので、この原稿でも、そのように言わせていただきます。私は大学の教員をしており、夕方から会議があったり、大学院の授業が始まったりすることも多く、大変多忙です。そのなかで、夕方から仕事が入っていないときは、「カーブスに行く!」と覚悟を決めて行動しています。定時に仕事を終わり、すぐさま職場を出る、でないと、カーブスに間に合わないからです。それも、決めている時間のバスに乗り、バスが遅れず駅に到着し、すぐにホームに滑り込む電車に乗りこまないと、これまた、カーブスに間に合わないのです。伊勢崎駅に到着すると、私の兄が改札口に立って待ち構えています。兄の運転する車に乗ると、「カーブスに行くんだよね。」と直行してくれます。平日ではこれらのすべての条件がそろい、各連携があってこそ、カーブス店に入りワークアウトが可能となります。
 しかし、定時で仕事を終えても、いつもカーブスに行きたいとは思えない日があります。朝から休む間もないほど忙しい日は、へとへとになっている上に、カーブスに行ってワークアウトする 気にならないことがあるのです。また、仕事で落ち込むことがあったり、気が沈んでいたりするときはやる気がでません。そんなとき、兄は、「だからこそ、カーブスに行くべきだ。」と葉っぱをかけられます。兄の声を聞いても車の中で、私は大きくため息をつきます。無理やり、兄にカーブスのお店の前に連れていかれ、しかたなくドアを開けるのです。すると、「陽子さん、こんばんわ」と明るいスタッフの方の声がかかります。そこで、一転、気持ちが切り替わり、やる気が出てきます。不思議です。カーブスにはその魅力があるのです。そして、同じように仕事を終えて、少しでもワークアウトしたいと入店してくる仲間の姿にも勇気づけられ、ワークアウトを頑張ります。体が疲れている、気が沈んでいるからこそ、カーブスに行くことが大事だと痛感しています。
 兄は律儀な人で、ルーチン業務(いつも決まった行動や業務)には忠実に従っています。彼の中で、私をカーブスに連れていくというのがルーチン化されているようです。同じ時間に同じ位置(一番端の改札口出たところの小さなスペース)に立って待っているのです。駅員さんも、すでに周知され、お馴染みと思っているに違いありません。晴れの日はもちろん、雨の日、雪の日も、カーブスに行くと決めた日は、必ず、駅の定位置で待っているのですから。その姿はまるで渋谷駅の忠犬ハチ公のようです。「もしかしたら、将来、兄の像ができるかもしれない。」なんて、思ったりしています。それだけ、兄は忠犬のように駅からカーブスに私を運んでくれるのです。
 兄が行きだけでなく、迎えも忠実です。ワークアウトした私を店の前で待機、自宅に連れて帰ってくれます。車の中で、「前日のたんぱく質摂取の得点をスタッフに報告するんだけど、なかなかたんぱく質は取れないね。」というと、これまた、忠実に、兄は夕食を考えるようになります。兄は、家事一切を仕切っています。兄は私がカーブスで体験していることに興味があるようです。そして、なによりも私が明るく健康でいることを強く望んでいます。「今日は、〇さんに会って、話をして楽しかった。」と言うとうれしそうです。兄のカーブス送迎は、スタッフの方にも周知ずみで、「今日もご主人様の送迎ですか?仲良くてうらやましいですね。」と言われます。確かに、兄のおかげで元気にカーブスに通えています。お兄ちゃん、ありがとう。
兄と私は結婚して27年間、二人で家族新聞「おさびし通信」を発行しています。伊勢崎カーブス店にも掲示してもらっています。二人の日常の出来事のほか、カーブスで学んだこと、出会いなども記事にしています。そして、おさびし通信の読者のなかには、記事を見てカーブスに加入する人もいます。私のカーブスの効果や継続は、様々な場でも伝わり、波及効果をもたらしているようです。
 以上、カーブス継続の理由は、本人の強い意志はもちろんのこと、周りの支援、家族や仲間が得られていることだといえます。加えて、健康を維持するために短時間で集中してワークアウトすることを一番近くで支えてくれる明るいスタッフの方も大きな理由です。これらすべての継続理由がプラスの相乗効果をもたらしていると考えています。最後に、自分がカーブスを継続できていることに深く感謝しています。ありがとうございます。