カーブスエッセイ大賞2018結果発表

作品詳細

佳作

「私の美フォーアフター」

チャチャ様(55歳) カーブス八戸根城(カーブス歴:1年8ヵ月)

私の病気のはじまりは心の病いからでした。
兄が56才のある日突然救急搬送され、医師に「いつ急変してもおかしくない状態です」と告げられ信じられなく涙も出ませんでした。
兄は、独身で母と2人住まいでした。私は兄と姉の3人兄弟です。姉と私は母に伝えるのはやめよう、まだまだ元気になるから。日に日に元気になって来てこのまま元気で家に帰ろう、兄の付き添いがはじまり、その頃から私の頭に湿疹ができ皮膚科に通院するようになりました。私の病気は乾癬と言う名の難病だったのです。
毎日兄のそばに付き、夜は完全看護なので家に帰り、朝主人の弁当を作り終ったらバスで兄の所へ行き夕方自宅に戻る。そんな毎日でした。兄も日に日に弱り、入院から1ケ月、母1人残し帰らぬ人となりました。母は80才、私は実家で半年母と2人で住み、でも兄のことを話しながら食事をすることもありました。
その頃から湿疹は頭全体に広がり、薬を飲み塗り薬を付け、でも頭はかゆく全然治る気配がなく、ひどくなる一方でした。ある日手に赤いポツポツができ、仕事上ゴム手袋に負けたと思っていました。皮膚の先生に手袋に負けたので薬を下さいと言ったらそれも乾癬ですと言われショックでした。
そのうち腕、足、体全体にできて、かゆくて夜も寝れない、仕事をしてもかゆくて自分でも、いろいろしらべて、漢方薬も買いました。すごく薬も高くて、でも、治したい一心で続けました。でも治るどころかひどくなる一方、人前に肌を出せず夏も長袖、長ズボンしかも会社で着がえるので長スパッツ、長袖シャツ、とてもつらかったです。
みんなで旅行に行っても私だけ部屋風呂です。
息子の事を考えたり、自分で落ち込んで、仕事に行っても孤立し、ほとんど会社に行けなくなりました。
家にこもり、毎日よけいな心配したり、自己嫌悪に陥り、食事もしなくなり体重も62kgが56kgと日に日に体力もなくなりひどくなるばかり。ある日近所の友達に会いました。

ここからがアフターのはじまりです。
今までの事の話を聞いてくれました。頑張らなくていいんだよ。「自分でも働いているんだからもっと自分を大事にしないと。」出がけに「私体操に行くからいっしょに出よう」と、私は方向がいっしょだから話しをしながら自宅に帰り、友達は体操に行きました。私も何か変えてみようかなと友達に今度一緒に行ってみようかなと言って、息子のズック、トレパンすがたで思い切って行ってみました。9月長袖、手には赤い発疹、コーチにはずかしく、仕事もあるし私には続くだろうか、今までこのようなお金の使い方をしたことがない私は、高いなーと踏み切れず、コーチと1時間話し、息子達も、夫も自由に生きてるんだ。私、働いているんだ。そんな気持がどこからかわいてきて、体が変れば心も変わる。心も変われば体も変わる。自分を変えよう。私は自分を変えようと入会を決めました。
入会した頃は仕事の都合でカーブスに着くのが6時45分。半周でも毎日通いました。
1週間ぐらいで夫が「足がきれいになってきたべ~」私は気が付かず、足の写真を撮ることにしました。手・足・体、みるみる治って来たのです。自分の変化がうれしくてたまりません。気持も前向になりカーブスに行くために会社に行く。会社も休まなくなりました。
会社の帰りよく体操行くネ、つかれないの?
カーブス行くと体が軽くなるの!
私の病気は治りはじめてる。自分で実感でき前向に生きてる。
こんな私にやさしい笑顔と言葉が励みになり毎日カーブスで元気ももらってます。
 今は、体も頭も治り、あとは髪をのばし、昔の私に戻るのが楽しみです。
 日曜は主人と必ず温泉に行ってます。
ありがとう、コーチ、マネージャー

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