カーブスエッセイ大賞2018結果発表

作品詳細

佳作

「母と私のカーブスな日々」

志保美様(60歳) カーブス岩崎香久山(カーブス歴:5年6ヵ月)

「脊柱管狭窄症」という病気がある。
加齢に伴う背骨の老化や体の歪みなどが原因で、腰や下肢に痺れや痛みが生じる病気でそんなに珍しい病気というわけではない。
1年前の春の訪れも近い頃、母が「脊柱管狭窄症」の診断を受けた。ひどい日は、朝起きてすぐに椅子の背にしがみついて痛い痛いとしかめ面をしていた。劇的に症状が改善される薬もなく、このまま痛みと折り合いをつけながら暮らすのはつらいとこぼしていた。
 その頃私は入会してから何回目かの「カーブスプリンセス」に初めて楽しんで参加していた。年の始めの目標に『誕生日までに5キロ痩せて富良野へ行く』を掲げて始まったプリンセスだったので、目標達成に向けてまずは自分のチームの優勝で弾みをつけたいと勝手に思っていた。
 カーブスに入会して丸4年が過ぎていたが、仕事の都合で行ける日は限られているし行く時間もバラバラで、親しく話しかけることができる方々がたくさんいるわけでもなく、そもそも本来はとても人見知りな性格のため「成果交換しましょう」と声をかけるのは私にとって結構勇気のいることだった。(話はそれるが、私は人見知りではあるが暗い人間ではない。でも、人見知り=暗いと判断されてしまうことがあると幼いころから学習した結果、人見知りを払拭するために初対面の人に異常なテンションで近づくことがある。結果オーライであれば次からは構えずに会えるが失敗すると自らの周りに堅固な城壁を張り巡らしてしまうことになる。人見知りならではの悪い癖だと思っている)
でも、勝負事となると参加したなら勝ちたいという気持ちが芽生えるのは皆同じようで、気づけば私も声を掛けたり掛けられたりして、毎年仕事が忙しくなって帰りが遅くなる2月ですら何度か必死に帰ってカーブスで汗を流していた。その時感じたのは、時間というのは勝手に流れているものではなく自分で作り出すものなんだな、ということ。
そして結果は自分のチームが優勝し、体重が4キロ近く減ったという快挙だった。これは確かに快挙だったけれど、自分の誕生日はまだずいぶん先だったのでリバウンドの不安もまた同時にあった。
こんな風にそれなりに私は私の時間を過ごしていたけれど、母は痛みの中にいた。
「脊柱管狭窄症」の診断を受ける数か月前、夜中にトイレに行こうとして布団につまづいた母は転んで手をついた拍子に右手の薬指を脱臼した。想像してほしい。真冬の丑三つ時に薬指があり得ない方向に90度折れ曲がった手をもう一方の手でおさえて「指がこんな風になっちゃった」と起こされた時の私の恐怖を。まるでB級ホラー映画の絵面のような状況に、私たちが夜間救急病院に飛んで行ったのは言うまでもない。
 いつもカーブスでコーチたちに筋肉量や筋力の大切さを呪文のように囁かれているのだけれど、今回の母の件で、年だから仕方ないと皆が簡単に口にする諸症状はやっぱり筋力の低下が招いているのだなと思い至った。実は3年前父が亡くなってしばらくした頃、母をカーブスの体験に誘ったことがあった。その時はほかの体操をしているからなどの理由で、入会は見合わせた。「脊柱管狭窄症」の診断を受けて私は、足元がふらついたのも今回のことも、結局は筋力の衰えからきているのだと強く感じていたので、再度母にカーブスを勧めてみた。
 季節は新緑の頃になり、生まれて初めて杖をついて歩く自分の姿が嫌だったのか、母もその気になっていた折も折、絶妙なタイミングで入った折り込み広告は、家の近くにできた大型ショッピングモールの中にあるカーブスの新店の会員募集のものだった。私はすぐさま体験申し込みをして、母をカーブスに連れ込んだ。結果、母は一人でその場で入会申し込みをしてしまった。どうやらご近所の見知った人をそこで見つけたことが大きな理由に一つだったようだ。
 あれから10か月が過ぎた。驚いたことに母の「脊柱管狭窄症」の痛みはきれいさっぱり消えてしまったらしい。入会したころは杖をついて通っていたのに、いつ頃から杖を使わなくなったのかさえ覚えていないほどだ。それに気づいてからは結構気をよくして週3回ほどのペースで通い続けている。最近では、ご近所のあの人もこの人もいるとか、○○さんも膝が痛いのが治ったらしいとか腰痛が楽になったらしいとか、あの機械が苦手だわなどとカーブスの話題も増えた。それなりに母が楽しんでいるようなのでほっとしている。
 今年の「カーブスプリンセス」も終わり、今年は残念なことにあまりにも仕事が忙しすぎた為、昨年のように全力でイベントを楽しむことができなかった。結果もあまり出せなかったし、それは4月に入った今も続いていて来店回数がなかなか増やせないのが悩みの種だ。昨年プリンセスで4キロ減した後、お約束通りキープすることができず、私は富良野に行くことができなかった。
 私には大好きなミュージシャンがいる。毎年冬の富良野で特別なファンイベントがある。私はどうしてもそれに行きたいと思う反面、自分の娘くらいの子たちに混ざってそこに行ける自信もあまりない。だから自分に自信が持てるように何か課題を作ってそれをクリアすることで自分自身に参加資格を与えようとした。昨年は叶えられなかったけれど、諦めてしまったわけでもない。
 ただ、物事にはタイミングがあるということも教えられた。やりたいことはできるうちにやった方がいい。去年の秋に還暦を迎えてその想いはますます強くなった。
 日本の平均寿命は女性が87歳を超えるまでになった。けれども健康寿命は74歳と実に13年もの開きがある。長生きしても体が自由に動かなければ楽しくない。健康でいられないならつまらない。84歳の母を見ていて、日々老いを嘆くことはあってもこうして変わることもできるんだなと、改めて筋トレの大切さを感じている。
 母は母なりに、私は私なりに、今を楽しんで生きて行きたい。私は今年も飽きることなくライブに出かけよう。私はいつもライブTシャツを着てトレーニングしているのだけれど、最近他のミュージシャンのライブTシャツを着ている人を見つけてうれしくなる。入会5年になりキラキラのゴールドカードにもなった。母にもぜひキラキラのカードを手にしてもらいたいものだ。

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