カーブスエッセイ大賞2018結果発表

作品詳細

佳作

「百歳になっても通っていたいカーブス」

京子様(57歳) カーブス鳥取東(カーブス歴:12年1ヵ月)

 まさか自分がこんな病にかかるとは、全く考えもしなかったことでした。五十四才で転職した時の履歴書には、健康には自信がありますと書いたのに、四ケ月も休職することになるとは、全くもって思いも寄らないことが起こってしまったのでした。

 入院することが決まって、しばらくお休みしますとカーブスに電話をかけた時

「カーブスに通っている人は回復力が違いますからね。頑張って下さい。待っていますから。」

と、励ましていただきました。回復力が違うというその言葉を信じ、自分はきっとまた元気になれると思うことが出来ました。

 せまいベッド上での生活では、運動不足になることは目に見えており、筋力が衰え体力が無くなっていくことが心配でした。内科入院中は、まだ体調のいい日もあり、マシンを思い浮かべながら体を動かしたり、カーブスのストレッチを一通り念入りに行ったりしていました。

 ところが、三ケ月に渡る内科治療も功なく、あとはもう手術するしか治るすべはないと宣告されてしまいました。一瞬、心が抵抗しました。でも、医者は、それしかないと言い切るし、少し考えて、それで治るのならと覚悟を決めたのです。

 五時間の手術も無事終わり、二日目には病棟内を歩くことも出来たのですが、手術がこんなにも体力を奪うものだと初めて知り、大変驚きました。五時間麻酔によってただ寝ているだけなのに、術後は体重が五キログラムも減少し、体中の筋肉がすっかり無くなっており、十分間座っていることもままならない状態となってしまっていました。今までカーブスで培ってきたものが、全て消えてしまったことにショックを覚え、悲しくなりました。でも嘆いていても仕方ないし、とりあえず歩くことから始めるしかないと思い直し、病院の廊下歩行を毎日少しずつ増やしていくように努力しました。

あとは、日にち薬だからと体力低下を実感したまま退院したのですが、その時はまだ、三才になったばかりの孫を抱き上げることも出来ませんでした。

 早く、元気な体を取り戻したいと気持ちは焦るものの、体の方は一足飛びに元気になるわけもなく、それでも少しずつ回復していき、退院から一ケ月後ようやくカーブスに復帰しました。久方振りのカーブスのドアを緊張ぎみに開けてみると、数ケ月前と変わらぬスタッフの方が笑顔で迎えて下さり、とてもホッとしました。店内の様子も変わってなくて安心し、私の他にも数ケ月振りに復帰された方がいるとのお話を伺い、仲間がいるということを知り心強く感じたのでした。さすがにマシンは重かったのですが、初日は無理せず、一周だけでもと思っていたのに、普通に二周回っていました。決してチャレンジハードではなかったのですが、大丈夫、やれると自信を持つことが出来ました。それから二週間後には、なんとあの孫を抱き上げるまでになれました。確実に筋トレの成果を実感し嬉しく思っています。今年は手伝ってもらったタイヤ交換ですが、次回はまた自分で出来る様になれるはずと期待を膨らませています。

 無理のない範囲で通うことが出来、久し振りの来店でも自然に温かく迎えてくれることに安心し、スタッフの言葉に励まされ、心と体の支えとなっているカーブスに、いっぱい感謝しております。

 私は、これからも体の動く限り、通い続けるつもりでいます。カーブスに通い続ける限り、ずーっと元気でいられると信じているからです。

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