時刻は三時になる。勢いよく扉が開く。一歩足を踏み入れると、
「あ、桜子さん。お誕生日おめでとう」
「ワアー有難う。覚えていてくださったんだ」
自分でもうっかりしていたのに、元気な声をかけてもらって感激である。とうとう私も大台に乗ってしまったのだ。しかも家庭でされ忘れているのに、真っ先に「おめでとう」と声を掛けられるなんてとてもうれしい。でもいくつになっても「おめでとう」はいいものである。
カーブスに登録したのは六十八歳の時で、仕事柄少し運動をしなければまずいぞと思っていたときにスーパーで指導員の方に声をかけられた。それではと体験してみると機械を使った運動と歩行とが交互にあり、一回りするころには体がすっきりとして軽くなった。短時間で十分に体を動かすことができ、しっかりと汗をかく。約三十分間という手軽さと、買い物ついでの好きな時間に来ることが出来るという自由さにひかれ登録した。
私の仕事は、三十年前夫の転勤で名古屋地区に移ってきてからはじめた、データ加工である。主にやっているのは、高校の学習参考書とか問題集、入試の過去問などの入力・加工である。しかも、ここ三十年ほどの間には様々なレベルの仕事を要求されるようになり、単なる入力では成り立たない。ワード・エクセルなどで各種の国家試験問題を版下用に作成するとか、タグを入れながらスマホのWB用に加工するなども増えてきている。頂いた仕事は扱ったことの無いソフトでの依頼でも決して断らず、色々と本など調べながらやってきた。人昔前パソコンがまだMS--DOSの時代は、一太郎・花子・桐などのソフトが標準に使われていたが、ウインドウズ搭載になってからはソフトの開発がすすみ、それらがワード・エクセルなどに取って代わられた。パソコン自体の記録保存容量(ハードディスク)も大きくなり、今ではフロッピーやMOなども全く使用することは無くなり、USBやクラウドなどに変わっていった。その都度新しいものを取り入れながら、何とか七十歳になる今日まで仕事を続けている。
仕事だけでなく三十年の間には、生活面でも大変な時期を経験した。夫の会社倒産・失業があり、私が稼がなくてはならない羽目に陥ったが、ちょうどその時長女は大学院生で京都におり、長男も大学生でお金のいる時期だった。それでも何としてでも学業だけは続けさせたいとの思いで粉骨砕身必死に仕事をこなし、二人とも無事に大学院を終了し独立した。今は孫も産まれ、私はすっかり孫の成長を楽しみにするバーバになってしまった。
この年になるまで大きな病気もせず何とか過ごしてくることができたことは、全く有難い偶然であるが、これからは自分の体に責任を持たなければ若い人達の負荷になってしまう。忙しい時は一日中パソコンの前に坐っているような生活であったためか、最近は眩暈などを起こすようになった。毎年の検診ではコレステロールが高い、骨粗鬆症の心配がある。糖の値に要注意などと指摘されることが多くなってきた。少しは歩かなくてはと思いつつも、なかなか自分ひとりでは継続できない。ついつい仕事にかまけて座りっぱなしのまま、仕事が立て込む三月から八月の間は納期に追われて、パソコンと睨めっこしながら電話をかけまくる。けれど、そんな私にもちゃんとカーブスの指導員さんから「どうしていますか」と忘れずに電話がかかってくる。出不精になっている私も「あー行かなきゃ」と我を奮い立たせ、どうにか顔を出すことになる。そして冒頭の元気な「おめでとう」の声をもらえる幸せに出会えるのである。
カーブスは運動だけではなく、精神面にもとても良い。これまでのロングライフでは、下の名前で呼ばれることなどついぞ無かったが、ここではひとりの人間として素で対応してもらえる。誰々のお嫁さんになり、誰々の奥さんになり、誰々のお母さんであり、誰々のおばあちゃんだったのが、ここではそんなものは関係ない。知らない者同士が会員という気安さで、ちょっとした会話が弾んでいろいろと健康面の情報交換ができるということもある。周囲の壁には、カーブスに通ってきてからのそれぞれ体の変化が賑やかにたくさん貼られている。それを見て「へえー」と驚いたりニヤッとしたり。七十歳では「留守だと言え」八十歳は「お迎えはまだ早いと言え」など何と素晴らしいアッパレな格言であることか。そうだそうだ、と思わず心の中で相槌を打つ。
私自身で良かった気づきといえば、ぷよぷよだったふくらはぎがもっちりとしたことである。もともと細くて冷え性だったのが、筋肉がついて若い頃のように弾力が出てきたのがとても嬉しい。まだ冷え性はそれ程改善していないのは、私の怠けが災いしているものと思う。うん、この年でも頑張ればちょっとは色気もつくかなと、年甲斐も無く妄想を抱いている。
ここでは常に元気で明るい指導員さんがいてくれて、それぞれの体調を気遣ってくれる。しかも月に一回は測定をして記録をとってくれるので、先月と比べて現在の体の調子はどうなのかがすぐにわかる。又、指導員さん達は、老人相手でもいつもニコニコと誠に親切に声かけや励ましをくれる。ここに来れば一人ではない。淋しい老後などとはおさらばだ。なんせ至れり尽くせりなのだから。
私の実年齢は先月七十歳になったが、おこがましくも気分は今でも四十代。皺が増えようが桜の花のような肌理細やかさが失われようが、クラシックやジャズ鑑賞、日本画描画、そして読書への興味もまだまだ健在である。読みたい本は山ほどある。
ただ、如何せん、体力は年々衰えていく。しかも脳の委縮などで起こる認知症も他人事ではない。脳に血液が回るように運動すれば認知症予防にも良いとの事。カーブスでの体力育成とともに若い頃の趣味であった登山も又再開することにしよう。これからの、与えられたそう長くは無い時間のなかで、百名山のうちどれだけ登れるかわからないが、仕事の合間を抜って日本中の山々を縦走したいと思っている。
そして、願わくば、男性版カーブスを検討していただけないかなと思っている。男性の指導員の下、男なら誰でも仕事帰りや合間にちょっと寄って運動できる、という場があればと思う。なぜなら、先日、夫があまりにも茶碗や皿を落として割り「また?」ということが重なったことから、子ども達に言われ認知症検査を受けるといったことがあったからである。結果は「まだ大丈夫」と言うことであったが、男も簡単に行けて運動するといった下駄ばき感覚のところがあればいいかも知れない。今まで他人ごとのように聞いていた「認知症」という病気がひしひしと迫りくるような気がする。やばい、これは何とかしないといけない。やっぱり登山に夫も引っ張っていかなければ。
特にこれからの日本は益々老人が増え、ただでさえ健康保険財政が問題になっている昨今、もっともっと厳しくなることが必至である。
カーブスは寝たきりの老人が増えないように、認知症患者がこれ以上国家財政を圧迫して破綻させないように国家に寄与しているものと思う、老人を含む、健康を望む多くの人に開かれた存在ではないだろうか。